登れることだけが
価値ではない
ボルダリングジムなので、もちろん登る場所です。できなかった課題が登れたときはうれしい。昨日より一手進めたら、ちょっと誇らしい。でも、10年間この場所を続けてきて思うのは、リッジラインで過ごす時間の価値は、それだけではないということです。



その日の自分に合った
過ごし方があっていい
一人で黙々と壁に向かう日。誰かと笑いながら登る日。思うようにいかなくて、悔しい日。ほとんど登らず、話をして帰る日。その日の自分に合った過ごし方があっていい。私たちは、そんな場所をつくりたいと思っています。
私自身 決して
「登れる人」ではありませんでした

私がボルダリングを始めたのは20代の頃です。もともと山が好きで、アルパインクライミングのための登攀練習として始めました。
ところが、全然うまく登れませんでした。後から始めた人が、私の登れない課題をあっという間に登っていく。自分だけが同じところで何度も落ちる。焦ったり、落ち込んだり、「私には向いていないのかもしれない」と思ったことも何度もあります。
人と比べてばかりだった頃は、登ること自体が苦しくなり、しばらくジムへ行かなくなった時期もありました。

「人と比べなくていい」と
簡単には言えません
ボルダリングでは、同じ課題を登っている人がすぐ隣にいます。誰かが登れた。自分は登れない。そんな状況で、「人と比べなくていいですよ」と言われても、簡単に切り替えられるものではありません。私自身がそうでした。悔しいものは、やっぱり悔しい。
でも、長く登っているうちに少しずつ、見るところが変わってきました。昨日は届かなかったホールドに、今日は少し指がかかった。できなかった動きが、一度だけうまくできた。前より少しだけ、体の使い方が分かった。
ほんの小さな変化でも、「あ、前とは違う」と思えるようになりました。誰かより登れるかではなく、自分の中にある小さな変化を見つける。そう考えられるようになってから、ボルダリングとの付き合い方が少し楽になりました。

私は ボルダリングジムに
何度も助けられてきました
もう一つ、私がボルダリングを続けてきた大きな理由があります。それは、ジムという場所そのものです。
私はこれまで何度か転居を経験しています。知らない土地で新しい生活を始めるたびに、ふらりと足を運んだのが、その土地のボルダリングジムでした。
そこへ行けば、登るという共通のものがある。最初からたくさん話さなくてもいい。壁を見ながら、「それ、難しいですね」くらいの会話から自然に人とつながっていく。気づけば知り合いが増え、クライミング仲間ができました。
知らない土地でも、「ここに来れば大丈夫」と思える場所がある。それだけで、ずいぶん心強かったことを覚えています。

だから富山に
自分たちの場所をつくりました
やがて、「自分も、誰かにとってそんな場所をつくれたら」と思うようになりました。
そして、もう一つ。富山でリッジラインを始めたのは、私自身も、まだ慣れないこの土地で心のよりどころが欲しかったからです。誰かのためだけではありませんでした。
私自身も、ここに来れば知っている顔がいる。少し話ができる。一緒に笑える。そんな場所を必要としていました。
だからリッジラインは、「サービスを提供する人」と「利用する人」が完全に分かれた場所というより、ここにいるみんなで少しずつ空気がつくられてきた場所なのだと思っています。

登る人も
登らない人もいる
リッジラインには、いろいろな人が来ます。初めてボルダリングをする人。毎週のように通って、自分の課題に向き合う人。仕事帰りに一人で来る人。親子で遊びに来る人。友人と話しながら登る人。
登っている時間より、休憩スペースで話している時間のほうが長い日もあります。それでいいと思っています。ボルダリングジムだからといって、ずっと登っていなければいけないわけではありません。
同じ場所にいても、それぞれの過ごし方があっていい。それが、リッジラインが大切にしていることの一つです。

できた日の喜びも
できない日の悔しさも
ボルダリングは、結果だけを見れば、「登れた」か「登れなかった」か。とても分かりやすいスポーツです。でも、その途中にはもっとたくさんのことがあります。
届かなかったホールドに届いた。怖かったところを、一歩進めた。何度も落ちていた一手を、初めて止められた。誰かの登りを見て、「そうやるのか」と気づいた。
そういう小さな出来事が積み重なって、一つの課題になります。だから私たちは、登れた人だけを称える場所ではなく、試している途中も大切にできる場所でありたいと思っています。

怖い日も
うまくいかない日もあります
ボルダリングを始めれば、毎回楽しい。そんなことはありません。高いところが怖い日もあります。以前できたことが、できない日もあります。周りの人がどんどん上達して、自分だけ取り残されたように感じることもあります。
「登らなければ」「頑張らなければ」と思わなくていいと思っています。今日はやさしい課題だけ。今日は人の登りを見るだけ。今日は少し早く帰る。そんな日があってもいい。
長く付き合える趣味だからこそ、その日の自分に合った距離で続けてもらえたらと思っています。

「また来たい」と思える理由は
登ること以外にもあっていい
リッジラインを始めてから、うれしい再会がたくさんありました。
進学や就職、転勤、結婚などで富山を離れた方が、帰省のときに顔を出してくれる。しばらくクライミングから離れていた方が、「久しぶりに登ろうと思って」と戻ってきてくれる。以前一人で通っていた方が、結婚して、今度は家族で遊びに来てくれる。
そんな姿を見るたびに、ジムを続けてきてよかったと思います。登る場所であると同時に、「久しぶりに行こうかな」と思い出してもらえる場所。それは、私たちがつくりたかったものに、とても近い気がしています。
帰ってこられる場所でありたい
私たちが大切にしているのは、上手な人、強い人たちだけが楽しめることではありません。もちろん、強くなりたい人には思い切り挑戦してほしい。本気で登りたい人が、深くボルダリングを楽しめる場所でもありたい。
でも同時に、初めての人も、しばらく離れていた人も、うまく登れない人も、ただ誰かと話したい人も、それぞれの距離でいられる場所でありたいと思っています。
無理に話さなくてもいい。一人でいてもいい。誰かと一緒でもいい。登れた日も。登れなかった日も。久しぶりの日も。
「また来ようかな」と思ったときに、帰ってこられる。リッジラインが、そんな場所であり続けられたらと思っています。

リッジライン
ボルダリングジム
リッジラインは、富山市上冨居で2016年にオープンしました。約100坪の店内には、6面のクライミングウォールと2面のキッズウォールがあります。
初心者の方が最初の一本を登って、「できた」と笑う瞬間。何週間も挑戦してきた課題を登り切って、思わず声が出る瞬間。誰かの完登を、周りにいた人たちが一緒になって喜ぶ瞬間。その横では、椅子に座ってのんびり話している人がいる。
そんな一つひとつが、リッジラインの日常です。
店舗情報とアクセスを見る →